お盆とは お盆とは

「お盆」の語源

中国に大乗仏教が伝わった際、サンスクリット語の「ウランバァ」が「盂蘭盆会」と当て字されたことによります。施餓鬼会(せがきえ)などを行って、あの世の人々を地獄の苦行から救う仏教儀式でした。
中国での祖霊崇拝の儀式と混合して日本に伝わったものと考えられています。日本に伝来した仏教は基本的に中国化されたものですので、この「盂蘭盆会」が転化、略されて「お盆」と呼ばれるようになりました。

お盆ってなんだろう。

七月十三日(地方では通常八月)に祖霊を現世にお招きしておもてなしし、十六日にはあの世へとお送りする儀式。
特に1年以内に亡くなった方をお迎えするときは新盆(にいぼん、長野県ではあらぼんと読むことが多い)と言います。(初盆=ういぼん、はつぼんと呼ぶ地方もあります)

ちなみに浄土宗、浄土真宗ではあの世に行った方が現世に還って来る事は無いとされており、本来はお盆は行う必要のない事になっている筈ですが浄土宗においてはわりと広範にお盆が行われているようです。
また、神道やキリスト教のご家庭でも、地域の習慣に合わせてお盆を行う家もあります。お盆は日本古来の先祖崇拝と習合している為、こんなこともあるんですね。

なぜ提灯を飾るの?

これまた中国では、七月十五日に、「中元之燈火」(ちゅうげんのとうか)と呼ばれる夏の民間行事がありました。祭壇に火を灯して祖霊を祭り、家中の繁栄と安泰を感謝し、また願うものです。このときには市中は夜間外出の禁を解かれて夜の間中賑わい、街路には提灯を持った人々が行き交いました。
各戸の門口に迎え火し、祖霊を招くのもこの行事での儀式のひとつです。もともと中国では、「紙銭」(しせん、あの世でだけ使えるお金のようなもの)を戸口で焼いて死者に捧げ、功徳(って言い方自体は仏教の物ですが)を積むという考えもありました。でも、これって考えてみたらワイロのような・・・?
ちなみに、死者が救われた後は、それを捧げた本人の死後の『貯金』になるといった記述が『西遊記』に記述があります。

迎え火もこうした風習から自然に発生したのでしょう。
盆提灯はあの世から来る方の為の道標、あるいはおもてなしの宴の席を照らす明かりです。
これに「盂蘭盆会」の「亡者に功徳を施し、以って死後の苦行を取り除き、成仏せしめる」という思想が習合し、お盆の際に提灯を飾る習慣となって日本に伝わったようです。
ちなみに中国では、この他に一月十五日に行われる「上元之燈火」(じょうげんのとうか)と言う行事も有り、有名な怪談「牡丹燈篭」は実は中国での説話を元にした物で、原典では上元之燈火が舞台でした。

お盆のスケジュール

新盆の行事は、一般にはまだ故人の魂が現世に残っているとされる四十九日が過ぎていない場合は本来しないものとされていますが、翌年にせず当年に行う場合もあります。お寺さんに相談して指示を仰ぐようにしましょう。
お寺さんに相談するときは電話を使わず、なるべくお寺へお伺いしてお聞きしましょう。礼を失することもありませんし、宗派に沿った細かいしきたりや不明な点をお聞きすることが出来る為です。
また、お伺いする日時はあらかじめ電話で予約しておきましょう。

供養に来て頂ける日を確認し、お迎えに上がる必要があるかどうかもお聞きしましょう。
お布施は1~2万円位と言う事が多いようですが、5千円と言うこともあり、5万、10万と言った場合もあるようです。迷われるようでしたら、率直にお寺さんにお伺いするのも1つの方法かと思います。
また、お迎え不要の場合は、お車代としてお布施とは別に2~5千円程度をお包みします。

月の初め

盆月(旧盆なら8月、新盆なら7月)の初めにお墓掃除をし、翌日から座敷などの軒先に壺型提灯(岐阜提灯)を吊るします。お盆の用意ができた事を表し、祖霊に帰る準備を促すとされています。

12日〜13日

12~13日の午前中までにはお盆棚、お供え物、花などを調え、迎え盆の用意を済ませます。盆提灯も飾り付けましょう。
13日の夕刻には「迎え火」を焚き、御霊をお迎えします。墓地が自宅から近い場合にはまずお墓参りをしてお迎えします。この際は手提げ提灯などで明かりを灯し、それを消さないようお宅に戻ります。
御霊を自宅まで案内する際に迷われないようにとの配慮です。

14日〜15日

14~15日をお盆の中日と言います。我が家に御霊が留まっておられる間は、盆提灯等の明かりは絶やさないようにします。
またお盆中は、三度の食事は家族と同じものをお供えとして差し上げるようにします。今の盆提灯は電気式ですので、万が一自宅を空けるような場合でも安心できます。本来はお寺さんの読経などはこの両日いずれかにして頂くのが理想ですが、お寺さんの都合によっては変わることがあります。

16日

16日は送り盆です。祖霊や故人の御霊は午前中は家におられるとされますので、お供え物はきちんと取り替えましょう。
夕方になったら送り火を焚き、御霊をお見送りします。

勅使河原直次郎(てしがわらなおじろう)

勅使河原直次郎はそれまで無地物が多かった(彩色絵を用いたものは一般人には手の届かない高級品でした)一般向けの壺提灯等にも美しい彩色絵をつけて売り出しました。
また明治天皇の岐阜行幸(明治11年)の際にこれを献上するなどして、それまで衰退しかけていた岐阜の提灯/行灯生産を一気に復興させました。そういった功績から、岐阜提灯中興の祖とされています。

なぜ「盆踊り」を踊る?

「踊り」は日本における「神おろし」「神迎え」の儀式の基本です。祖霊(ご先祖さま)=神(仏)なわけで、当然盆踊りの意義の根本はこれにつきます。が、本当は農業的な「神迎え」の儀式が先にあって、意味が転化した可能性も大きいみたいです。
地方にもよるのでしょう、この辺じゃそういう決まりがあったとは聞いたこと無いですが、古くは参加する人はみな面をかぶる決まりがあったそうです。理由は死者が踊りの輪の中に入りやすいようにとか。亡くなった人が参加していることに気付いても、声をかけてはいけない、もし声をかけると、その人は成仏できなくなってしまうから…と、言われていたそうです。

ただ、これも「死者」を「神様」に、「成仏できなくなる」を「帰ってしまう」に読み替えると豊饒儀礼っぽいですよね。この辺、能との共通点、相違点について調べてみると面白そうですね。